フレディ



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「葉っぱのフレディ」という絵本があります。


文字通り主人公のフレディという葉っぱが、

同じ木に集う仲間の葉っぱたちと春夏秋冬を経験し、

爽やかな季節も、凍えるような風も、自分たちの身体の色が変化することも知り、

やがて落ち葉となり、いのちの旅へ出る物語です。(詳しくはぜひ絵本で。)


生命が終わる、そして次の生命へ巡るということ。


大人になればわかることですが、子どもにとって未知の世界は恐怖だと思います。

実際、私も子どもの頃はノストラダムスの大予言を本気で信じていたので、

未知の世界へは少なからず恐怖心を抱いていましたが、

そんな中、出会ったこの絵本に "いのちは続くものだから大丈夫" と教えてもらいました。


いまでもこの本を読んだ時のほっとした気持ちは忘れていませんし、

いまだからこそ世界は目に見えいるだけが全てではなく、

目に見えない世界もあると強く信じています。


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昨年の終わりごろ、突然にやってきた別れがありました。


もっと会っていればよかった。もっとこんな風にしていればよかった。

そう思うことは簡単だし、そう思って自分や環境を責めれば楽になる気もします。

でもこの葉っぱのフレディの物語や自分自身が信じている死生観が、

前を向きなさいと教えてくれました。


それに、人の死は乗り越えるという表現のものではなく、

生涯寄り添っていくものなんじゃないかなと、新しい価値観も芽生えています。


もし大切な人をいのちの旅に見送って涙を流している人がいたら、

もちろんその気持ちは本物だと思うけれど、

その出来事に出会ったからこそなぜ自分が此処にいるのか、

その人がいたからこそ自分はどうやって生きていけるのか…。


ほんの少しでも穏やかな気持ちでいられるように導く歌が、

歌えたらいいなぁと思い、気がついたら夢中で書き留めていた言葉たちがあります。



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私の中で生涯歌っていきたい、大切な曲ができました。


初めて特定の人を思い浮かべて書いた曲かもしれません。

この記事を書いている2月4日はその人の誕生日なのです。


私にとってかけがえのない葉っぱだった父へのラブレターです。




フレディ
Written by Ryo Yoshinaga


道に散らばった
まだ鮮やかな花びらたちを
両手いっぱいに
"可哀想" だと 拾い集めてた幼い頃

明日が来れば
また咲くだろうと信じてみても
もう会うことはないの
"可哀想" にと 風が教えてくれた

今でもわからない
人はどこから来てどこへ行ってしまうのか
誰もわからないけど
誰もが旅に出る

生命はめぐるよどこまでもめぐるよ
あの日散っていった花びらが空に舞うように
生命はめぐるよどこまでもめぐるよ
あの日さよならしたあの人が
あなたの庭に花を咲かすのでしょう


ふとした言葉が
いいも悪いも記憶を映すから
遣る瀬無い気持ちさえ
"生きてる意味"と 星が宥めてくれた

今でもわからない
縋る思いで泣いてみれば気持ちは晴れるのか
過去は変わらないけど
未来は変わってく

生命はつづくよいつまでもつづくよ
あの日頬を濡らした雨粒が海に還るように
生命はつづくよいつまでもつづくよ
いつか巡り会う人たちに
話してあげる愛しい人のこと


生命はめぐるよどこまでもめぐるよ
あの日散っていった花びらが空に舞うように
生命はめぐるよどこまでもめぐるよ
あの日さよならしたあの人が
あなたの庭に花を咲かすのでしょう


もう二度と会えないあの人が
私の中で今日も息をする

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